馬が、全身で、語りかける。

2007年の春、まだ雪の残る青森の牧場で生まれた黒鹿毛の牡馬は、ミラーズクエストと名づけられた。2010年9月18日、中山競馬場でデビューするが、結果は16頭中16着。その後も勝つことができず、2011年1月2日の水沢競馬場でも9頭中9着。翌日、地方競走馬登録を抹消された。通算成績は、4戦0勝・獲得賞金0円。引退後は福島県南相馬市へ移され、未勝利馬はそこで余生をおくることになった。

そして、あの3月11日を迎える。
激しい津波が彼の馬房を襲った。濁流から奇跡的に生還したものの、不運は続いた。東京電力福島第一原子力発電所の事故により、水と食料を絶たれ、飢え、渇いた。さらに、けがをしたおちんちんが大きくハレたまま、もとにもどらなくなってしまったのだ。

そこに、一人の映画作家がカメラを持って現われた。彼の名は松林要樹。
ミラーズクエストを一目見た松林は思った。
「これは、他人ごとではない――」

震災直後の福島県相馬地方から、雪の北海道日高地方へ、そして再び相馬野馬追の夏へ。ミラーズクエストと松林の旅は続く。映画は、馬と人とが培ってきた長い歴史を紐解きながら、とんでもない時代に生まれてしまったミラーズクエストの運命を優しく、可笑しく、まなざす。

馬たちの瞳もまた、静かに私たち人間の姿を映している。

相馬野馬追 そうまのうまおい

「諸国名所百景」にも描かれる相馬野馬追は、平将門より始まったとされ、野馬を捕らえる軍事訓練と捕らえた馬を神前に奉納したことに由来する神事であり祭。時代とともにその姿を変えながら今日に受け継がれ、約500余騎の騎馬武者が戦国時代絵巻を繰りひろげる。